~競技特性と筋肉の質に応じたトレーニングの必要性を示唆~
順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の宮本直和 准教授らの研究グループは、これまで解明されていなかったアスリートの「筋肉の硬さ」と「競技パフォーマンス」との関係について調査しました。その結果、短距離走選手では「硬く伸び縮みしにくい筋肉」を持つ選手の方がパフォーマンスが高い(タイムが良い)一方、長距離走選手では「軟らかく伸び縮みしやすい筋肉」を持つ選手の方がパフォーマンスが高いことが分かりました。本研究により、アスリートが高いパフォーマンスを発揮する上で、筋肉の質(硬さ・軟らかさ)と競技種目との間には適した組み合わせがあり、その組み合わせは競技種目特性によって異なることを初めて明らかにしました。これは、アスリートに対し、競技特性と筋肉の質に応じたトレーニングの必要性を示すもので、今後の適切なトレーニング法確立への貢献が期待されます。本研究はアメリカスポーツ医学会雑誌「Medicine & Science in Sports & Exercise」オンライン版で公開されました。本研究成果のポイント「硬く伸び縮みしにくい筋肉」を持つ陸上競技選手の方が100m走(短距離)のパフォーマンスが高い一方、「軟らかく伸び縮みしやすい筋肉」を持つ選手の方が5000m走(長距離)のパフォーマンスが高かった。アスリートが高い競技パフォーマンスを発揮するための適切なトレーニング法確立に貢献することが期待される。
背景
スポーツの現場では、優れたパフォーマンスを発揮したアスリートに対して、「“バネ”がある選手」と表現することがあります。ここで表現される“バネ”とは、主にアキレス腱や膝蓋腱など腱組織が引き延ばされて縮む動きを指しますが、「筋肉」も伸び縮みすをする“バネ”の役割を果たしています。一方で、スポーツの現場では、従来よりアスリートの筋肉に関して、「軟らかくて良い筋肉」などと表現することもあります。「筋肉の硬さ・軟らかさ」というと一般的には「触った時に感じる硬さ(=凹みにくさ)」が想起されますが、スポーツの場面で必要とされる筋肉の「硬さ・軟らかさ」は触った時に感じる硬さではなく、「伸び縮みしやすさ」としての「軟らかさ」です。しかし、実際にアスリートが高いパフォーマンスを発揮するうえで、“バネ”となる筋肉が、軟らかく伸び縮みしやすい方が良いのか、硬く伸び縮みしにくい方が良いのかについては、これまでわかっていませんでした。 そこで、研究グループは、「筋肉の“バネ”」を用いる動きとして走運動に着目し、陸上短距離走選手や長距離走選手の筋肉の硬さ(伸び縮みしにくさ)・軟らかさ(伸び縮みしやすさ)と競技パフォーマンスとの関係について調べました。
内容
今回の研究では、走運動の接地時に伸び縮みし、また、短距離選手と長距離選手で速筋線維(白筋)と遅筋線維(赤筋)の割合(筋線維組成)が大きく異なることがわかっている外側広筋*1に着目し、計測を実施しました。筋肉の硬さ(伸び縮みしにくさ)の測定には、生体軟組織の硬さを非侵襲的かつ局所的に計測することができる超音波画像診断装置の剪断波エラストグラフィ法*2を用いました(図1)。この手法を用い、現役の陸上競技短距離走選手22名および長距離走選手22名の外側広筋の硬さを調べました。
【図1】 本研究で測定した筋肉の「硬さ」超音波剪断波エラストグラフィを用いることにより、筋肉を押し込んだ際の「凹みにくさ」としての硬さではなく、筋肉の「伸び縮みのしにくさ」としての硬さ(矢印方向)を測定することができる。身体運動を行う時、筋肉は矢印方向に伸び縮みするため、筋肉の機能を評価する上ではこの方向の硬さを測定することが重要である。右図は測定画像の典型例であり、赤色枠内の硬さを定量できる。装置のモニター画面上には硬さがカラーで表示される。その結果、長距離走選手の筋肉は短距離走選手の筋肉よりも硬いことが分かりました。そこで、短距離走選手において、筋肉の硬さと100m走のタイムとの関連を検証したところ、硬く伸び縮みしにくい筋肉を持つ選手の方がパフォーマンスが高い(タイムが良い)ことが分かりました(図2左)。一方、長距離走選手においては、軟らかく伸び縮みしやすい筋肉を持つ選手の方がパフォーマンスが高いことが分かりました(図2右) 。すなわち、アスリートが高いパフォーマンスを発揮する上で、筋肉が軟らかく伸び縮みしやすい方が適しているのか、硬く伸び縮みしにくい方が適しているのかは、競技種目特性によって異なることを明らかにしました。
【図2】 短距離走選手と長距離走選手における筋肉の硬さとパフォーマンスの関連短距離走選手では、硬く伸び縮みしにくい筋肉を持つ選手の方が100m走のタイムが良かった(左図)。一方、長距離走選手では、軟らかく伸び縮みしやすい筋肉を持つ選手の方が5000m走のタイムが良かった(右図)。
今後の展開
これまで、競技レベルが高いアスリートはどこの筋肉が発達しているかなど、筋肉の量的特徴は盛んに検討がなされ、そこで得られた情報はトレーニングの現場などにも活かされています。一方、アスリートの筋肉の質的特徴については、遅筋線維(赤筋)と速筋線維(白筋)の割合(筋線維組成)などは調べられてきたものの、硬さなどの機能的な特徴はほとんど着目されてきませんでした。 本研究は、アスリートが高いパフォーマンスを発揮する上で筋肉の質と競技種目との組み合わせが重要であり、その組み合わせは競技種目特性によって異なることを初めて明らかにしました。このことは、アスリートが競技特性と筋肉の質に応じたトレーニングを行う必要があることを示唆しています。また、同グループの近年の研究により、筋肉の硬さは、“アスリート遺伝子”と呼ばれるαアクチニン3遺伝子や肉離れなどの筋損傷受傷リスクと関連があるエストロゲン受容体遺伝子のタイプの影響を受けることが分かってきています。今後、どのようなトレーニングを行うと筋肉が硬く伸び縮みしにくくなるのか(または軟らかく伸び縮みしやすくなるのか)などについて詳細に検討することにより、アスリートが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、競技特性と個人の特性を考慮したカスタムメイド型トレーニング法の構築を目指しています。
参照↓
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